今回の神楽研究コラムは今までと少し違う、いわば番外編。テーマは「五神」。「五龍王」や「五郎王子」ともいう。石見神楽では最大の長編として伝承されており、ある意味最も神楽らしい神楽と言える。がしかし、難しいセリフが多いため、なかなかファンの方にはこの演目の面白さが伝わりにくいのではなかろうか。そこで今回はこの「五神」のセリフを例によって広島弁に訳して、みなさんにわかりやすく紹介していこうと思う。なお、今回のコラムは浜田市の後野神楽社中にご協力をいただいた。
この国の最初の神、国常立王(こくしょうりゅうおう)には、春青(しゅんぜい)大王、夏赤(かせき)大王、秋白(しゅうはく)大王、冬黒(とうこく)大王という息子たちがいた。
春青「わしは国常立王の長男で、春青大王いうんじゃ。住まいは東の方でのぅ、春を司って(つかさどって)生き物を創るんが仕事なんよ。ほいで暑ぅも寒ぅものぅて、国を栄えさせぇ言われとる。夏赤大王はどうしょうるん?」
夏赤「わしゃぁ国常立王の次男で夏赤大王いうんじゃがな。南の方に住んどって夏を司ってのぅ、生き物を育てて国を栄えさせるのが仕事なんよ。秋白大王はどがしょうるん?」
秋白「わしは国常立王の三男で秋白大王いうんよ。西の方に住まいしとってな、秋を司って穀物やら木の実やらをよぅけ収穫しよるんよ。それで国を栄えさせぇと。冬黒大王はどうしょうるんね?」
冬黒「わしは国常立王の四男で冬黒大王いうんで。北の方に住んどって冬を司って、雨やら雪やらをよぅけ降らしょうるんよ。ほいで生き物を休ませちゃって、国を栄えさせぇ言われとるんよ。へぇで春青大王さん、どがしたんね??」
春青「おう、あののぅ、こがぁしてみんなでのぅ、国を守って村を栄えさせて、親父の幸福を祈っちゃろうやぁ。」
そこへ、埴安(はにやす)大王の使いが現れる。
使い「あんたらぁ四神の神さんらぁかいな?」
四神「あんたぁどこの誰なら。名乗りんさいや。」
使い「わしゃぁ国常立王の末っ子の、埴安大王の使いなんじゃ。へぇで、わしの主が言うてんには、あんたら4人は、この国を横取りしてからに、わしには一っつもわけてくれん。なんぼ末っ子じゃぁ言うても、土地がのぅちゃぁやれんけぇ、はよぉ分けてくれぇやぁ~、ちゅぅわけなんよ。」
四神「何ぅ言ょーるんね!?埴安大王の土地なんぞ、よその国にはあるかもしれんけど、この日本にゃぁあるわけなかろうが。あがぁじゃ言うときんさい。わかったらどけぇでも行ってしまいんさいや。」
使い「こりゃ、ちゃんと言うとかんと、後であっちゃならん事になるわ。わしの主の埴安大王いう人はの、ケンカ好きじゃけぇ、鎧を着て軍隊をようけ連れて、力づくで領地を取り返す言うてじゃがの。はぁこけぇ来てじゃが、それでもえぇかいの?」
四神「どあがぁでもせぇ!」
すると埴安大王が現れる。
埴安「そこの四神の神さんらぁや。」
四神「あんたぁどこの誰なら。名乗りんさいや。」
埴安「あんたら知っとるじゃろうが。わしゃ国常立王の末っ子の埴安大王で。へぇじゃけあんたらの弟なんでぇ!?ほれ、わしらの親父も、兄さんらには礼儀正しくして、弟らはかわいがっちゃれぇよって言うとるじゃろが。へじゃけど逆にわし一人をのけ者にしてからに、ぶちはぐいわ。へぇで四神の兄ちゃんらぁは、この国ぅ横取りして、年中360日もみな取ってからに、わしにゃぁ一っつもわけてくれん。なんぼ末っ子じゃぁ言うても、こがなことじゃやれんけぇ、はよ分けてくれぇやぁ、四神の兄ちゃんらぁよ。」
四神「あんたぁ末っ子じゃけぇ、この世界がどがぁやってできたか知るまぁが。上を向いて空をよぉ見んさい。かがんで地面をよぉ見んさい。春夏秋冬の季節があって、わしらぁはそれぞれきちっと仕事をしよるんで。この世界がある限り、わしらの土地がないところはないんじゃ。へじゃけあんたに分けるもんは何もない。はよいにんさい、埴安大王さん。」
埴安「そがぁに言うてならしょうがないわ。わしも旗をかかげて弓矢を持って兜をかぶって、ぶちつぇえ兵隊を川の向こうによぅけ集めて、かかってくる敵はみな成敗して、四神の兄ちゃんらぁも追い払っちゃるわ。へぇでこの世に何ものぅなったら、わしがこの国を治めるわ。じゃけど、今のうちにわしに降参するんじゃったら、命だけは助けちゃるで。」
四神「誰が降参するきゃぁ!」
埴安「へじゃ戦の準備してきちゃろうてぇ。」
四神「どがぁでもせぇ!!」
話し合いは決裂し、埴安大王は戦の準備を整えるためいったん引き返した。
春青「あれ見たきゃぁ?ぶち怒っとるけぇ、わしらも油断できんわ。戦の準備しょうで!」
こうして四神の神たちと埴安大王との間で、戦が始まった。
決戦を前に、再び埴安大王が叫ぶ。
埴安「あぁはぐいのぅ!四神の兄ちゃんらぁに、また文句言うちゃるわ。戦しちゃろう思うて来てみりゃぁ、ぶち大軍がおるじゃなぁか!東西南北どこの山にも川にもよぅけ兵隊がおるわ。わしゃまだガキじゃし、たったこれだけの兵隊で戦わにゃいけん。まるでカマキリ対クルマじゃん。へじゃけど、風がいくらつよぅても柳の枝は折れんで。水がいくらつよぅても岩石は動かされん。わしが負けて体も骨もなんもなぁよぅになっても、いっそかまわんで。刀も弓矢も持っとるし、命をかけてとにかくやっちゃろうてぇ。あぁもぉ!兄ちゃんらぁにゃ勝てんかぁ。矢ならよぅけあるけぇ、雨みたいに降らしちゃるわ!!」
四神「皆でやっちゃりんさいや!」
激しい戦いが繰り広げられるが、そこへ一人の老人が現れた。
老人「おいおい、五神の神さんらぁ、何ぅしよるんね。やめんさいや。」
五神「わしらぁ土地の奪い合いの戦をしよるんじゃ。やめぇなんぞと言われる筋合いはなぁで!」
老人「あんたらぁ、こんな戦をしよっちゃいけまぁが。国の民が困っとるのはどがするんね。わかったら刀も弓も納めて戦をやめて、わしが言うことをよぉ聞きんさいや。」
五神「はぁはぁ、あがぁですのぅ。」
老人「ほいでの、わしは高天原(たかまがはら)のごうぎな御殿に呼ばれてからに、かしこねの命(みこと)さんに、五神の神さんらぁに命令してけぇ言われたんじゃ。へじゃけ今からあんたらの土地やらをわけますけぇの。」
五神「はぁ、わかりました。」
老人「まずのぅ、長男の春青大王さんは、東の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで春の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この青い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
春青「ありがたいのう。」
老人「へぇから、夏赤大王さんには、南の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで夏の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この赤い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
夏赤「ありがたいのう。」
老人「ほいで、秋白大王さんには、西の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで秋の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この白い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
秋白「ありがたいのう。」
老人「ほいから、冬黒大王さんには、北の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで冬の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この黒い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
冬黒「ありがたいのう。」
老人「しまいに、埴安大王さんには、真ん中の土地ぅあげるけぇの。ほいで春夏秋冬の残してもろうた18日を全部あわせりゃ、これも72日じゃけぇ、みなと同じになるで。この黄色い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
埴安「ありがたいのう。」
老人「よしゃよしゃ、へぇじゃ五神さんら、これでえぇあんばいになったけぇ、村が栄えるんと豊作になるんと、わりぃことがなぁよぅになるんと民のみなさんが元気になるんと、みな祈って神楽を舞いんさいや。わしが先導しちゃるけぇ。」
五神「はぁ、あがしましょうてぇ。」
だいたいのあらすじはわかっていても、やはり何をしゃべっているかわからなければ、面白さは半減してしまうのではないだろうか。例えば、埴安大王が決戦を前にして言うセリフ。自分から戦をしかけたわりに、実は途中弱気ともとれるセリフがあったりする。このほか、いろいろ意味深いセリフが楽しめるが、やはり一番は四神たちが埴安大王の願いを断るところだろう。ここがこの演目の核と言っても過言ではないのだが、さすがにここは難しすぎた。本文中にある「元亨利貞なり。」この四字熟語、訳すだけでかなりの文章になる。とにかく、今回はわかりやすさを優先したため、カットした部分も多数あることをご了承いただきたい。だいたいの意味がわかっていれば、なんとなくでも言っていることがわかったりする部分もあるはず。次回「五神」をご覧になるときには、しっかりと聞いてみると新しい発見があるかもしれない。
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この国の最初の神、国常立王(こくしょうりゅうおう)には、春青(しゅんぜい)大王、夏赤(かせき)大王、秋白(しゅうはく)大王、冬黒(とうこく)大王という息子たちがいた。
春青「わしは国常立王の長男で、春青大王いうんじゃ。住まいは東の方でのぅ、春を司って(つかさどって)生き物を創るんが仕事なんよ。ほいで暑ぅも寒ぅものぅて、国を栄えさせぇ言われとる。夏赤大王はどうしょうるん?」
夏赤「わしゃぁ国常立王の次男で夏赤大王いうんじゃがな。南の方に住んどって夏を司ってのぅ、生き物を育てて国を栄えさせるのが仕事なんよ。秋白大王はどがしょうるん?」
秋白「わしは国常立王の三男で秋白大王いうんよ。西の方に住まいしとってな、秋を司って穀物やら木の実やらをよぅけ収穫しよるんよ。それで国を栄えさせぇと。冬黒大王はどうしょうるんね?」
冬黒「わしは国常立王の四男で冬黒大王いうんで。北の方に住んどって冬を司って、雨やら雪やらをよぅけ降らしょうるんよ。ほいで生き物を休ませちゃって、国を栄えさせぇ言われとるんよ。へぇで春青大王さん、どがしたんね??」
春青「おう、あののぅ、こがぁしてみんなでのぅ、国を守って村を栄えさせて、親父の幸福を祈っちゃろうやぁ。」
そこへ、埴安(はにやす)大王の使いが現れる。
使い「あんたらぁ四神の神さんらぁかいな?」
四神「あんたぁどこの誰なら。名乗りんさいや。」
使い「わしゃぁ国常立王の末っ子の、埴安大王の使いなんじゃ。へぇで、わしの主が言うてんには、あんたら4人は、この国を横取りしてからに、わしには一っつもわけてくれん。なんぼ末っ子じゃぁ言うても、土地がのぅちゃぁやれんけぇ、はよぉ分けてくれぇやぁ~、ちゅぅわけなんよ。」
四神「何ぅ言ょーるんね!?埴安大王の土地なんぞ、よその国にはあるかもしれんけど、この日本にゃぁあるわけなかろうが。あがぁじゃ言うときんさい。わかったらどけぇでも行ってしまいんさいや。」
使い「こりゃ、ちゃんと言うとかんと、後であっちゃならん事になるわ。わしの主の埴安大王いう人はの、ケンカ好きじゃけぇ、鎧を着て軍隊をようけ連れて、力づくで領地を取り返す言うてじゃがの。はぁこけぇ来てじゃが、それでもえぇかいの?」
四神「どあがぁでもせぇ!」
すると埴安大王が現れる。
埴安「そこの四神の神さんらぁや。」
四神「あんたぁどこの誰なら。名乗りんさいや。」
埴安「あんたら知っとるじゃろうが。わしゃ国常立王の末っ子の埴安大王で。へぇじゃけあんたらの弟なんでぇ!?ほれ、わしらの親父も、兄さんらには礼儀正しくして、弟らはかわいがっちゃれぇよって言うとるじゃろが。へじゃけど逆にわし一人をのけ者にしてからに、ぶちはぐいわ。へぇで四神の兄ちゃんらぁは、この国ぅ横取りして、年中360日もみな取ってからに、わしにゃぁ一っつもわけてくれん。なんぼ末っ子じゃぁ言うても、こがなことじゃやれんけぇ、はよ分けてくれぇやぁ、四神の兄ちゃんらぁよ。」
四神「あんたぁ末っ子じゃけぇ、この世界がどがぁやってできたか知るまぁが。上を向いて空をよぉ見んさい。かがんで地面をよぉ見んさい。春夏秋冬の季節があって、わしらぁはそれぞれきちっと仕事をしよるんで。この世界がある限り、わしらの土地がないところはないんじゃ。へじゃけあんたに分けるもんは何もない。はよいにんさい、埴安大王さん。」
埴安「そがぁに言うてならしょうがないわ。わしも旗をかかげて弓矢を持って兜をかぶって、ぶちつぇえ兵隊を川の向こうによぅけ集めて、かかってくる敵はみな成敗して、四神の兄ちゃんらぁも追い払っちゃるわ。へぇでこの世に何ものぅなったら、わしがこの国を治めるわ。じゃけど、今のうちにわしに降参するんじゃったら、命だけは助けちゃるで。」
四神「誰が降参するきゃぁ!」
埴安「へじゃ戦の準備してきちゃろうてぇ。」
四神「どがぁでもせぇ!!」
話し合いは決裂し、埴安大王は戦の準備を整えるためいったん引き返した。
春青「あれ見たきゃぁ?ぶち怒っとるけぇ、わしらも油断できんわ。戦の準備しょうで!」
こうして四神の神たちと埴安大王との間で、戦が始まった。
決戦を前に、再び埴安大王が叫ぶ。
埴安「あぁはぐいのぅ!四神の兄ちゃんらぁに、また文句言うちゃるわ。戦しちゃろう思うて来てみりゃぁ、ぶち大軍がおるじゃなぁか!東西南北どこの山にも川にもよぅけ兵隊がおるわ。わしゃまだガキじゃし、たったこれだけの兵隊で戦わにゃいけん。まるでカマキリ対クルマじゃん。へじゃけど、風がいくらつよぅても柳の枝は折れんで。水がいくらつよぅても岩石は動かされん。わしが負けて体も骨もなんもなぁよぅになっても、いっそかまわんで。刀も弓矢も持っとるし、命をかけてとにかくやっちゃろうてぇ。あぁもぉ!兄ちゃんらぁにゃ勝てんかぁ。矢ならよぅけあるけぇ、雨みたいに降らしちゃるわ!!」
四神「皆でやっちゃりんさいや!」
激しい戦いが繰り広げられるが、そこへ一人の老人が現れた。
老人「おいおい、五神の神さんらぁ、何ぅしよるんね。やめんさいや。」
五神「わしらぁ土地の奪い合いの戦をしよるんじゃ。やめぇなんぞと言われる筋合いはなぁで!」
老人「あんたらぁ、こんな戦をしよっちゃいけまぁが。国の民が困っとるのはどがするんね。わかったら刀も弓も納めて戦をやめて、わしが言うことをよぉ聞きんさいや。」
五神「はぁはぁ、あがぁですのぅ。」
老人「ほいでの、わしは高天原(たかまがはら)のごうぎな御殿に呼ばれてからに、かしこねの命(みこと)さんに、五神の神さんらぁに命令してけぇ言われたんじゃ。へじゃけ今からあんたらの土地やらをわけますけぇの。」
五神「はぁ、わかりました。」
老人「まずのぅ、長男の春青大王さんは、東の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで春の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この青い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
春青「ありがたいのう。」
老人「へぇから、夏赤大王さんには、南の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで夏の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この赤い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
夏赤「ありがたいのう。」
老人「ほいで、秋白大王さんには、西の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで秋の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この白い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
秋白「ありがたいのう。」
老人「ほいから、冬黒大王さんには、北の方の土地ぅあげるけぇの。ほいで冬の90日が欲しいんじゃろうけど、ちぃとこらえてもろうて、18日を残して、72日ほどあげましょうよ。この黒い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
冬黒「ありがたいのう。」
老人「しまいに、埴安大王さんには、真ん中の土地ぅあげるけぇの。ほいで春夏秋冬の残してもろうた18日を全部あわせりゃ、これも72日じゃけぇ、みなと同じになるで。この黄色い御幣を立ててしっかり治めんさい。」
埴安「ありがたいのう。」
老人「よしゃよしゃ、へぇじゃ五神さんら、これでえぇあんばいになったけぇ、村が栄えるんと豊作になるんと、わりぃことがなぁよぅになるんと民のみなさんが元気になるんと、みな祈って神楽を舞いんさいや。わしが先導しちゃるけぇ。」
五神「はぁ、あがしましょうてぇ。」
だいたいのあらすじはわかっていても、やはり何をしゃべっているかわからなければ、面白さは半減してしまうのではないだろうか。例えば、埴安大王が決戦を前にして言うセリフ。自分から戦をしかけたわりに、実は途中弱気ともとれるセリフがあったりする。このほか、いろいろ意味深いセリフが楽しめるが、やはり一番は四神たちが埴安大王の願いを断るところだろう。ここがこの演目の核と言っても過言ではないのだが、さすがにここは難しすぎた。本文中にある「元亨利貞なり。」この四字熟語、訳すだけでかなりの文章になる。とにかく、今回はわかりやすさを優先したため、カットした部分も多数あることをご了承いただきたい。だいたいの意味がわかっていれば、なんとなくでも言っていることがわかったりする部分もあるはず。次回「五神」をご覧になるときには、しっかりと聞いてみると新しい発見があるかもしれない。
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2007,04,24 Tue 19:47
新着コメント
もっちゃさん、コメントありがとうございます。
わかりやすかった、もう一度見たいなどなど、本当に嬉しい言葉をいただいて、ありがとうございます☆
やはり広島ではなかなか見れない演目ですね。
もし機会がありましたら、ぜひ!
わかりやすかった、もう一度見たいなどなど、本当に嬉しい言葉をいただいて、ありがとうございます☆
やはり広島ではなかなか見れない演目ですね。
もし機会がありましたら、ぜひ!
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/08/22 20:57 | BFfnvy1Y |
早速読ませていただきました(笑´▽`)
他のも面白かったけど、これも面白いですね♪
すっごく分かりやすかったです。
後野さんの五神をRCCで一度だけ拝見したことがありますが、これを読んでもぅ一度見たい~(>_<*)と思いました★☆
どこかで見れることがあるといぃのですが・・・
広島ではなかなか難しいですよね。。。(;_;)
今はDVDで我慢したいと思います♪w
他のも面白かったけど、これも面白いですね♪
すっごく分かりやすかったです。
後野さんの五神をRCCで一度だけ拝見したことがありますが、これを読んでもぅ一度見たい~(>_<*)と思いました★☆
どこかで見れることがあるといぃのですが・・・
広島ではなかなか難しいですよね。。。(;_;)
今はDVDで我慢したいと思います♪w
| もっちゃ | EMAIL | URL | 07/08/22 10:41 | 0dchuV.g |
コガネムシさん、コメントありがとうございます。
E坂さんに続いてのお言葉、本当に嬉しいです。
今回のコラムは短縮バージョンを参考にさせていただきましたが、やはり完全バージョンのほうが面白いですよね。
RCC早春で長いバージョンを見させていただきましたが、また機会があればぜひ見てみたいと思います。
E坂さんに続いてのお言葉、本当に嬉しいです。
今回のコラムは短縮バージョンを参考にさせていただきましたが、やはり完全バージョンのほうが面白いですよね。
RCC早春で長いバージョンを見させていただきましたが、また機会があればぜひ見てみたいと思います。
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/04/26 18:34 | BFfnvy1Y |
E坂さん、コメントありがとうございます。
社中の方からお褒めの言葉をいただき、大変嬉しく思います。
とにかく分かりやすさを一番にしたので、かなりの意訳になってしまった部分もあり、どうかなと思ったりしたのですが^^;
吉和の大会でも楽しみにしております☆
社中の方からお褒めの言葉をいただき、大変嬉しく思います。
とにかく分かりやすさを一番にしたので、かなりの意訳になってしまった部分もあり、どうかなと思ったりしたのですが^^;
吉和の大会でも楽しみにしております☆
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/04/26 18:29 | BFfnvy1Y |
後野神楽社中のコガネムシと申します。いつもいろいろとご指導いただき有難うございます。この度の「五神」の翻訳素晴らしいですね。大変解りやすく翻訳してあり、なさけない話、私たちにも良くわかり納得出来る所が多々あります。神楽ファンの方には「五神」を理解出来て、楽しく観ていただけることと思います。大会等では時間的に口上も舞いも短縮せざるを得ず、理解が難しい点があると思いますが、このコラムをご覧いただくと良くわかりますね。私たちもまだまだ勉強していきたいと思います、よろしくお願いします。
| コガネムシ | EMAIL | URL | 07/04/26 18:27 | hS9sqCxM |
本文中で書きそびれたことをいくつか補足説明。まずは呉葉が寵愛を受けた源経基について。この人物を学校の授業で聞いた覚えのある方はいらっしゃるだろうか。とにかく源という苗字の割りには「で、だれ?」みたいな感じがするが、実は清和天皇の孫に当たる人物である。そしてその息子には源満仲。ここまで書けばピンと来るだろう。そう、実はあの頼光のおじいさんになるのだ。ちなみに、頼光が生まれたとされるのは948年で、紅葉が平維茂に成敗されたのが969年とされているから、その時頼光は21歳だったということになる。さらにちなみに、頼光が大江山へ登って酒呑童子を退治したのが995年とされており、この時頼光は47歳。若き日の頼光は、維茂の武勇伝を聞いて「いつか自分も!」と思っていたのかもしれない。
もう一つ、紅葉が従えていた部下について。神楽で見る場合、鬼女大王が中心で手下が二人というものだが、伝説において紅葉は盗賊の首領だった。その手下には平将門に仕えた者の子孫と伝えられる鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬という4人の盗賊もいたという。もっとも有力な部下は、「おまん」という怪力を持った女だった。その背丈はなんと8尺(2m40cm)もあったと伝えられ、35人力という怪力に加え、一晩に40キロ以上の距離を走りまわったりと、まさにバケモノ級の女傑だった。維茂が率いる軍勢によって、紅葉を始め盗賊たちがことごとく討ち取られても、自慢の怪力と快速で一人逃げ延びた。そしてある山中で、水溜りで血まみれの手足を洗い、ふと目をあげると、そこには夕日で染まった美しい戸隠の山々が広がっていた。あまりの美しさに見入っていたおまんが、再び目を落とすと、その水溜りには血で汚れて凄まじい形相の自分の顔が映っていた。そこで我に返ったおまんは、今までの罪を改め、また亡き紅葉たちの御霊を慰めるために尼になったという。そして毎日祈り続けた末、善人に戻ったことを悟り、自ら首を落としたという伝説が残っている。
以上、神楽だけでは知ることのできない、「紅葉狩」の伝説補足編をお届けした。
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もう一つ、紅葉が従えていた部下について。神楽で見る場合、鬼女大王が中心で手下が二人というものだが、伝説において紅葉は盗賊の首領だった。その手下には平将門に仕えた者の子孫と伝えられる鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬という4人の盗賊もいたという。もっとも有力な部下は、「おまん」という怪力を持った女だった。その背丈はなんと8尺(2m40cm)もあったと伝えられ、35人力という怪力に加え、一晩に40キロ以上の距離を走りまわったりと、まさにバケモノ級の女傑だった。維茂が率いる軍勢によって、紅葉を始め盗賊たちがことごとく討ち取られても、自慢の怪力と快速で一人逃げ延びた。そしてある山中で、水溜りで血まみれの手足を洗い、ふと目をあげると、そこには夕日で染まった美しい戸隠の山々が広がっていた。あまりの美しさに見入っていたおまんが、再び目を落とすと、その水溜りには血で汚れて凄まじい形相の自分の顔が映っていた。そこで我に返ったおまんは、今までの罪を改め、また亡き紅葉たちの御霊を慰めるために尼になったという。そして毎日祈り続けた末、善人に戻ったことを悟り、自ら首を落としたという伝説が残っている。
以上、神楽だけでは知ることのできない、「紅葉狩」の伝説補足編をお届けした。
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2007,01,16 Tue 00:00
新着コメント
若葉さん、コメントありがとうございます。
とても詳しいお話で、大変勉強になりました☆
最初に神が二人になったのは、わりと最近なんですね。
もっと昔の話かと思ってました^^;
この事については全く知らなかったので、我ながらいい予想だったと思います(笑)
本当はここまで調べてから書くのが一番なんですけど、なかなか実際には難しいものがありまして…。
若葉さんの投稿は本当にありがたいと思います。
またコメントお願いします!
とても詳しいお話で、大変勉強になりました☆
最初に神が二人になったのは、わりと最近なんですね。
もっと昔の話かと思ってました^^;
この事については全く知らなかったので、我ながらいい予想だったと思います(笑)
本当はここまで調べてから書くのが一番なんですけど、なかなか実際には難しいものがありまして…。
若葉さんの投稿は本当にありがたいと思います。
またコメントお願いします!
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/01/24 18:35 | BFfnvy1Y |
神楽研究コラム「紅葉狩」を見ました。
主に戸隠山の鬼女紅葉伝説について書かれていたようですが、文字で残されているもので一番古いのは、能の紅葉狩(作者・観世小次郎信光 1435~1516)であって、紅葉伝説の最古の記録「信府統記」が1724年であることから、能からヒントを得て作られたのではないかと言われているそうです。
所詮、どちらも伝説なので、どちらが正しいかの議論はこの際、あまり意味はありませんが、豆知識程度に書かせていただきます。
ちなみにもう一点、紅葉狩の神を二人出したのは、原田神楽団が最初です。昭和52年に芸石神楽競演大会へ紅葉狩で出演していますので、約30年前からだと思います。理由は、一人よりも二人のほうが見栄えがいいからだそうです。
その後、他の神楽団も二人出すところが増えましたが、団ごとに従者に名前を付けておられるようなので、様々な名前があるのだと思います。ちなみに原田神楽団の従者には名前はありません。
主に戸隠山の鬼女紅葉伝説について書かれていたようですが、文字で残されているもので一番古いのは、能の紅葉狩(作者・観世小次郎信光 1435~1516)であって、紅葉伝説の最古の記録「信府統記」が1724年であることから、能からヒントを得て作られたのではないかと言われているそうです。
所詮、どちらも伝説なので、どちらが正しいかの議論はこの際、あまり意味はありませんが、豆知識程度に書かせていただきます。
ちなみにもう一点、紅葉狩の神を二人出したのは、原田神楽団が最初です。昭和52年に芸石神楽競演大会へ紅葉狩で出演していますので、約30年前からだと思います。理由は、一人よりも二人のほうが見栄えがいいからだそうです。
その後、他の神楽団も二人出すところが増えましたが、団ごとに従者に名前を付けておられるようなので、様々な名前があるのだと思います。ちなみに原田神楽団の従者には名前はありません。
| 若葉 | EMAIL | URL | 07/01/23 22:35 | Xg3P.urA |
鬼女征伐の勅命を受けた平維茂は、兵を率いて戸隠山へと向かった。まず維茂は様子をさぐるために僧の姿に変装して山に入った。これを知った紅葉は、神楽でもおなじみの紅葉狩の酒宴を開いて維茂を誘い込んだ。そして毒酒を飲ませようとするも、維茂がこれを見破り、飲んだふりをしてその場を切り抜け、無事に下山した。
兵を整えた維茂は、ついに紅葉の住む岩屋へと進撃。しかし紅葉の妖術には歯が立たず、幾度攻めても負けを重ねるのみだった。そこで維茂はいったん兵を下げ、戸隠山から南へ約40キロ離れた北向観音(きたむきかんのん)へ参拝し、「降魔(ごうま)の剣」を授かる。軍を立て直した維茂は再び紅葉との戦いに挑む。ついに正体を現した紅葉は、空に舞い上がって妖術を使うが、山の麓にある戸隠奥院の上空から金色の光が飛び出した。その光で両目を貫かれた紅葉は地上に落ち、維茂によってとどめをさされた。こうして戸隠山の鬼女、紅葉は成敗された。
「紅葉狩」伝説については様々な説が残されているので、あくまでもその一つという事でご了承いただきたい。さて舞台となったこの戸隠山、実は意外な由来がある。その昔、天照大御神が岩戸にこもられた時、手力男命がその岩戸を開いて投げ捨てた。その岩戸が信州信濃国に落ちて山となったため、「戸隠山」という名がついたのだ。なかなかのトリビアではないかと思うが、いかがだろうか。
平安の中頃から末期にかけて、鬼や妖怪の伝説が数多く作られている。先に紹介した「大江山」もしかり。山に住み着いた盗賊たちが忌み嫌われて「鬼」に仕立て上げられたのは前に紹介した通りだが、この頃は女の盗賊も少なくなかったようだ。「今昔物語」にも女盗賊の話が載っており、それを考えると、戸隠山に女の頭を持つ盗賊団があったとしても良さそうだ。また、「紅葉狩」伝説とは少し違うが、源頼光の父である満仲が、戸隠山で鬼を切ったという話が「太平記」に収められており、やはり戸隠山になんらかの賊集団があった可能性は高いように思う。
一般的な「紅葉狩」だと、ただの鬼女大王でしかないが、実はこういった伝説の上に作り上げられたものだったのである。クライマックスで、何度も神に切り付けられ、もがきながら死んでいく鬼の姿に、みなさんは何を思うだろうか。恵まれない環境で生まれ育ち、犯罪に手を染め、挙句の果てに処刑される。ちょっと大げさかもしれないが、私には現代にも共通するような物語に思えてならない。珍しくマジメな終わり方だが、これにてシリーズ「紅葉狩」を終了としたい。次回の予定はないが、リクエスト・ご意見などドシドシお寄せいただきたい。
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兵を整えた維茂は、ついに紅葉の住む岩屋へと進撃。しかし紅葉の妖術には歯が立たず、幾度攻めても負けを重ねるのみだった。そこで維茂はいったん兵を下げ、戸隠山から南へ約40キロ離れた北向観音(きたむきかんのん)へ参拝し、「降魔(ごうま)の剣」を授かる。軍を立て直した維茂は再び紅葉との戦いに挑む。ついに正体を現した紅葉は、空に舞い上がって妖術を使うが、山の麓にある戸隠奥院の上空から金色の光が飛び出した。その光で両目を貫かれた紅葉は地上に落ち、維茂によってとどめをさされた。こうして戸隠山の鬼女、紅葉は成敗された。
「紅葉狩」伝説については様々な説が残されているので、あくまでもその一つという事でご了承いただきたい。さて舞台となったこの戸隠山、実は意外な由来がある。その昔、天照大御神が岩戸にこもられた時、手力男命がその岩戸を開いて投げ捨てた。その岩戸が信州信濃国に落ちて山となったため、「戸隠山」という名がついたのだ。なかなかのトリビアではないかと思うが、いかがだろうか。
平安の中頃から末期にかけて、鬼や妖怪の伝説が数多く作られている。先に紹介した「大江山」もしかり。山に住み着いた盗賊たちが忌み嫌われて「鬼」に仕立て上げられたのは前に紹介した通りだが、この頃は女の盗賊も少なくなかったようだ。「今昔物語」にも女盗賊の話が載っており、それを考えると、戸隠山に女の頭を持つ盗賊団があったとしても良さそうだ。また、「紅葉狩」伝説とは少し違うが、源頼光の父である満仲が、戸隠山で鬼を切ったという話が「太平記」に収められており、やはり戸隠山になんらかの賊集団があった可能性は高いように思う。
一般的な「紅葉狩」だと、ただの鬼女大王でしかないが、実はこういった伝説の上に作り上げられたものだったのである。クライマックスで、何度も神に切り付けられ、もがきながら死んでいく鬼の姿に、みなさんは何を思うだろうか。恵まれない環境で生まれ育ち、犯罪に手を染め、挙句の果てに処刑される。ちょっと大げさかもしれないが、私には現代にも共通するような物語に思えてならない。珍しくマジメな終わり方だが、これにてシリーズ「紅葉狩」を終了としたい。次回の予定はないが、リクエスト・ご意見などドシドシお寄せいただきたい。
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2007,01,09 Tue 00:00
新着コメント
榊凪さん、コメントありがとうございます。
今のところ、研究コラムを書くような余裕がないので、せっかくのリクエストなんですが、ご期待にそえることができないと思います。
また機会があればやってみたいので、どうぞよろしくお願いします。
今のところ、研究コラムを書くような余裕がないので、せっかくのリクエストなんですが、ご期待にそえることができないと思います。
また機会があればやってみたいので、どうぞよろしくお願いします。
| 特派員 | EMAIL | URL | 08/02/25 21:56 | BFfnvy1Y |
はて?岩で山になったの葛城山ではなかったけ?
あれなんかちがう。あ~わかんない
じぶんも日本武尊にさんせいでし
あれなんかちがう。あ~わかんない
じぶんも日本武尊にさんせいでし
| 榊凪 | EMAIL | URL | 08/02/25 13:18 | sDlCJhvw |
ジェラードさん、コメントありがとうございます。
今回の「紅葉狩」はいかがだったでしょうか。
「日本武尊」ですかぁ、検討してみます☆
またコメントお願いします。
今回の「紅葉狩」はいかがだったでしょうか。
「日本武尊」ですかぁ、検討してみます☆
またコメントお願いします。
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/01/10 21:01 | BFfnvy1Y |
今回も全章見させて、頂きました。
次回は「日本武尊」について紹介して頂きたいです。
次回は「日本武尊」について紹介して頂きたいです。
| ジェラード | EMAIL | URL | 07/01/10 20:31 | qbFB6WTk |
では、戸隠山の鬼女伝説についてみてみよう。神楽の「紅葉狩」は謡曲「紅葉狩」が出典となっているが、「紅葉狩」伝説についてはいろいろなパターンが伝承されている。その中でも一般的なものを紹介したい。
今から千年以上昔のこと。奥州・会津に笹丸(ささまる)と菊世(きくよ)という夫婦がいた。しかしなかなか子供が生まれず、ついには第六天魔王(だいろくてんまおう)に祈願をする。そして937年、二人の間に娘が生まれ、「呉葉(くれは)」と名付けられた。呉葉はとても美しい外見を持ち、琴の名手でもあったという。しかし、第六天魔王の申し子である呉葉は、邪悪な心と妖術を持っていた。
この第六天魔王というのは、仏教において最大の悪とされる鬼である。旧舞の「八幡」に出てくる鬼がこの第六天魔王だが、なぜ夫婦がこのような魔王に祈願したかは不明だが、まずその出生こそが悲劇の始まりだったのだ。
成長した呉葉は、近くの豪族の息子に嫁ぐことになった。しかし彼女は「一人両身」という妖術を使って分身を作り出した。その分身を嫁がせ、自分は両親とともに婚礼支度金を持って都に逃げたという。いわば結婚詐欺か。
都に上った呉葉は「紅葉(くれは)」と改名し、四条通に化粧品や髪飾りを扱う店を開いた。やがてその美貌が源経基(みなもとのつねもと)の目に留まり、寵愛を受けるようになる。同じ頃、経基の正妻が奇妙な熱病にかかり、祈祷が行われた。すると紅葉が妖術を使って正妻を呪い殺そうとしていたことが判明する。普通ならば処刑されるところだが、紅葉は経基の子を宿していたため罪一等減ぜられ、信濃国戸隠山に追放という処分が下った。そして956年9月、紅葉は両親とともに戸隠にある荒倉山の岩屋に護送されたのである。
いったんは心を入れ替え、付近の住民の面倒を見たりしていた紅葉だったが、都に帰りたいという気持ちが募り、次第に鬼の本性が現れるようになる。山に住む無法者を集め、旅人を襲って金品を奪うなど悪行を重ね、ついには遠方の里にまで出没するようになった。それが都まで伝わり、969年、第63代冷泉帝は平維茂に戸隠山の鬼女征伐を命じた。
ここまでを前半とし、残りはまた次回。お気づきのファンもいらっしゃるだろうが、宮乃木神楽団と中川戸神楽団が、この伝説に忠実な「紅葉狩」を舞われている。上記した内容は最初の場面のセリフに登場するので、ご覧の際はよぉく聞いてみる事をオススメする。後半は、紅葉VS維茂の物語、そして紅葉狩伝説の舞台裏に迫ってみたい。
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今から千年以上昔のこと。奥州・会津に笹丸(ささまる)と菊世(きくよ)という夫婦がいた。しかしなかなか子供が生まれず、ついには第六天魔王(だいろくてんまおう)に祈願をする。そして937年、二人の間に娘が生まれ、「呉葉(くれは)」と名付けられた。呉葉はとても美しい外見を持ち、琴の名手でもあったという。しかし、第六天魔王の申し子である呉葉は、邪悪な心と妖術を持っていた。
この第六天魔王というのは、仏教において最大の悪とされる鬼である。旧舞の「八幡」に出てくる鬼がこの第六天魔王だが、なぜ夫婦がこのような魔王に祈願したかは不明だが、まずその出生こそが悲劇の始まりだったのだ。
成長した呉葉は、近くの豪族の息子に嫁ぐことになった。しかし彼女は「一人両身」という妖術を使って分身を作り出した。その分身を嫁がせ、自分は両親とともに婚礼支度金を持って都に逃げたという。いわば結婚詐欺か。
都に上った呉葉は「紅葉(くれは)」と改名し、四条通に化粧品や髪飾りを扱う店を開いた。やがてその美貌が源経基(みなもとのつねもと)の目に留まり、寵愛を受けるようになる。同じ頃、経基の正妻が奇妙な熱病にかかり、祈祷が行われた。すると紅葉が妖術を使って正妻を呪い殺そうとしていたことが判明する。普通ならば処刑されるところだが、紅葉は経基の子を宿していたため罪一等減ぜられ、信濃国戸隠山に追放という処分が下った。そして956年9月、紅葉は両親とともに戸隠にある荒倉山の岩屋に護送されたのである。
いったんは心を入れ替え、付近の住民の面倒を見たりしていた紅葉だったが、都に帰りたいという気持ちが募り、次第に鬼の本性が現れるようになる。山に住む無法者を集め、旅人を襲って金品を奪うなど悪行を重ね、ついには遠方の里にまで出没するようになった。それが都まで伝わり、969年、第63代冷泉帝は平維茂に戸隠山の鬼女征伐を命じた。
ここまでを前半とし、残りはまた次回。お気づきのファンもいらっしゃるだろうが、宮乃木神楽団と中川戸神楽団が、この伝説に忠実な「紅葉狩」を舞われている。上記した内容は最初の場面のセリフに登場するので、ご覧の際はよぉく聞いてみる事をオススメする。後半は、紅葉VS維茂の物語、そして紅葉狩伝説の舞台裏に迫ってみたい。
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2007,01,07 Sun 00:00
新着コメント
こんにちは。
私はFrancesco Baldessariと申します。
妖怪について本を書きました。
可能であればこのサイトに載ってる写真 1枚を使わせていただきたいのですが、可能でしょうか?
私はFrancesco Baldessariと申します。
妖怪について本を書きました。
可能であればこのサイトに載ってる写真 1枚を使わせていただきたいのですが、可能でしょうか?
| Francesco Baldessari | EMAIL | URL | 18/09/12 07:57 | kTuA19zI |
では次は「紅葉狩」のヒーロー、平維茂についてみてみよう。神楽の中では従者を引き連れて狩野の旅に出るなど、どちらかというと優雅な暮らしをおくっているようなイメージがある。しかし実際は、あの源頼光らと肩を並べられるほどの武勇者として知られていた。ただ、その他のことについては謎が多く、いろいろな書物に登場するも、その内容が一致しないのだ。
桓武平氏の血筋であるのは確かだが、武蔵権守繁盛(むさしのかみしげもり)の子であるという説と、その繁盛の子である兼忠(かねただ)を父とするという説とがある。まぁどちらにしても、「滝夜叉姫」に登場する平貞盛(さだもり)と親戚にあたる。また生没年についてもハッキリとせず、約80歳まで生きたとされるが、これは当時としては異例である。また、神楽のセリフでも登場する「余五将軍(よごのしょうぐん)」だが、これは維茂の別称である。が、これについてもなぜそう呼ばれたのか様々な説があり、ハッキリしない。
本当に謎だらけだが、神楽に関してはもう一つ謎がある。それは維茂が連れている従者だ。これは神楽団によってかなりバラバラである。藤原三成、長谷兼忠(はせのかねただ)、相良蔵人、日南友親(ひなのともちか)、清原成時、小松高正、ざっと調べただけでもこんなにいた。ただ単に従者、随臣(ずいしん)などとしているところもあれば、なんとビックリ、坂田金時が出てくる団もあった。こうなればなぜこんなにもバラバラなのか、調べてみないわけにはいかない。
そもそも、もともとは誰なんだ?ってことで、佐々木順三先生が書かれた台本を開いてみる。これがまた予想外の展開。なんと維茂さん、従者を連れずに一人で戸隠山に向かっているのだ…。ちなみに、勅命を受けてではなく、道に迷って山に入っている。もとは一人だったが、やはり見た目を考えれば二人のほうがよい。が、正式な人物がいないため、このように神楽団ごとでバラつきが出てしまったのだろう。この辺は神楽団の方からコメントいただけるとありがたい(笑)。
というわけで、謎ばかりでいまいちスッキリしないが、紅葉狩のヒーロー「平維茂」についての章を終わりとする。次回は、紅葉狩伝説についてみていきたい。
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桓武平氏の血筋であるのは確かだが、武蔵権守繁盛(むさしのかみしげもり)の子であるという説と、その繁盛の子である兼忠(かねただ)を父とするという説とがある。まぁどちらにしても、「滝夜叉姫」に登場する平貞盛(さだもり)と親戚にあたる。また生没年についてもハッキリとせず、約80歳まで生きたとされるが、これは当時としては異例である。また、神楽のセリフでも登場する「余五将軍(よごのしょうぐん)」だが、これは維茂の別称である。が、これについてもなぜそう呼ばれたのか様々な説があり、ハッキリしない。
本当に謎だらけだが、神楽に関してはもう一つ謎がある。それは維茂が連れている従者だ。これは神楽団によってかなりバラバラである。藤原三成、長谷兼忠(はせのかねただ)、相良蔵人、日南友親(ひなのともちか)、清原成時、小松高正、ざっと調べただけでもこんなにいた。ただ単に従者、随臣(ずいしん)などとしているところもあれば、なんとビックリ、坂田金時が出てくる団もあった。こうなればなぜこんなにもバラバラなのか、調べてみないわけにはいかない。
そもそも、もともとは誰なんだ?ってことで、佐々木順三先生が書かれた台本を開いてみる。これがまた予想外の展開。なんと維茂さん、従者を連れずに一人で戸隠山に向かっているのだ…。ちなみに、勅命を受けてではなく、道に迷って山に入っている。もとは一人だったが、やはり見た目を考えれば二人のほうがよい。が、正式な人物がいないため、このように神楽団ごとでバラつきが出てしまったのだろう。この辺は神楽団の方からコメントいただけるとありがたい(笑)。
というわけで、謎ばかりでいまいちスッキリしないが、紅葉狩のヒーロー「平維茂」についての章を終わりとする。次回は、紅葉狩伝説についてみていきたい。
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2007,01,03 Wed 00:00
新着コメント
榊凪さん、コメントありがとうございます。
キコリさんが出るのは自分も一回しか見たことがありません。
やはりイベントや大会では省略されてしまうことが多いようですね。
今年はキコリさんが出る上演に立ち会えたらいいなと思います。
キコリさんが出るのは自分も一回しか見たことがありません。
やはりイベントや大会では省略されてしまうことが多いようですね。
今年はキコリさんが出る上演に立ち会えたらいいなと思います。
| 特派員 | EMAIL | URL | 08/02/25 21:57 | BFfnvy1Y |
はぁ最近はキコリが出てくるとこありませんな
| 榊凪 | EMAIL | URL | 08/02/25 13:29 | sDlCJhvw |
神楽団員さん、コメントありがとうございます。
確かにその通りですね。
神楽が史実に沿ったものではない事は十分に承知しているつもりです。
ただ、あくまでも「もっと中身に興味を持ってもらいたい」という気持ちから、このシリーズをやらせていただいております。
「魅力が無くなる」とまでは考えていなかったので、これからはそういう事も念頭に置きたいと思います。
またコメントお願いします☆
確かにその通りですね。
神楽が史実に沿ったものではない事は十分に承知しているつもりです。
ただ、あくまでも「もっと中身に興味を持ってもらいたい」という気持ちから、このシリーズをやらせていただいております。
「魅力が無くなる」とまでは考えていなかったので、これからはそういう事も念頭に置きたいと思います。
またコメントお願いします☆
| 特派員 | EMAIL | URL | 07/01/03 22:48 | BFfnvy1Y |
神楽、歌舞伎、謡曲等殆どの演劇には実在の史実に基いた内容に沿って作られた作品は殆ど無い。登場人物に関しての僅かな伝承、所伝の神秘性を帯びた話等を基に作られていると思います。
だからどの作品も史実に添ったものと考えるべきでは無いと考えます。
佐々木先生の作品も謡曲が原典と思うが中身は神楽として変えてあるし供人は誰か名前が伝わっていないし平維茂一人が狩りに行く事も無く供は多く居たと思われる。とにかく中身に信憑性を伴うのも神楽等の特性。
中身を裸にしたら魅力が無くなる。似た様な伝説は各地に伝わっており内容も差異が有るのではないでしょうか。
だからどの作品も史実に添ったものと考えるべきでは無いと考えます。
佐々木先生の作品も謡曲が原典と思うが中身は神楽として変えてあるし供人は誰か名前が伝わっていないし平維茂一人が狩りに行く事も無く供は多く居たと思われる。とにかく中身に信憑性を伴うのも神楽等の特性。
中身を裸にしたら魅力が無くなる。似た様な伝説は各地に伝わっており内容も差異が有るのではないでしょうか。
| 神楽団員 | EMAIL | URL | 07/01/03 10:42 | ga0U8LoY |